マリインスキー劇場の舞台でおとぎ話を作り出す人々(写真特集)

Mikhail Vilchuk
 ロシアでもっとも有名な劇場の一つである、マリインスキー劇場では、衣装、小道具、大道具のすべてが劇場の中で作られている。ほぼ1世紀半にわたって受け継がれている伝統をご紹介しよう。

 上演15分前になると、マリインスキー劇場本館の舞台にある控室の狭い廊下に、最高の準備態勢に入るよう指示が出される。メイクアップアーティストは素早く、しかし確実な動きでメークをし、衣装係はノートを手に次のシーンでの衣装を確認する。

 3回目のベルが鳴ると、出演者たちが舞台に上がる。オーケストラが序曲を演奏している間、カーテンはまだ降りたままで、端役のアーティストたちは体を温め、ソリストたちは自分の位置につく。スモークがたかれ、アーティストたちを包み込む。 

 節目となる240回目のシーズンは、ジョアキーノ・ロッシーニのオペラ「アルジェのイタリア女」で幕を開ける。観客席は満員、指揮はマリインスキー劇場の芸術監督を務めるワレリー・ゲルギエフ。拍手喝采の中、カーテンが上がり、オペラが始まる。

 マリインスキー劇場の本館の舞台は今までも、そして現在も、常にサンクトペテルブルクの市民にとっても、また街を訪れる人々にとってもカルト的な場所であり続けている。劇場は、かつての宮廷劇場の贅沢な雰囲気に浸れる場所として、そして数時間、芸術作品の空間へと移動できる場所として、大切にされている。

 この魔法のような効果を生み出しているのは、オーケストラ、歌劇団、バレエ団だけでなく、数多くの工房である。1998年には、この工房を基に、マリインスキー劇場の芸術品製造工場が作られた。これはロシアとヨーロッパで最大の工場で、ここでは、舞台で使用される衣装、小道具、大道具などが作られている。帝政劇場が管理していた芸術工房は、1874年にアレクサンドル2世の勅令によって創設されたものである。

  マリインスキー劇場の工場は、3都市にある5つの舞台の作品に必要なものを網羅している。そのうち3つはサンクトペテルブルクのもの(マリインスキー劇場本館、新館、コンサートホール)、そしてウラジオストクとウラジカフカス(北オセチア共和国)の別館である。

衣装はいかにして作られるのか 

 衣装制作の現場では、毎月、バレエのチュチュから近代的な作品に使われる超モダンな革ジャンまで、あらゆるタイプの衣装が最大で400着作られている。 

 衣装制作のプロセスは、布地の準備から始まる。デザイナーが描いたデッサンに合わせて、布に色を塗り、手描きで柄をつけ、 ステンシルテンプレートを使って絵を描いていく。

  その後、布地は縫製工場に送られる(女性用と男性用で分かれている)。ここでは、出演者一人一人に合わせ、さまざまなニュアンスをつけながら、1着ずつ衣装が作られる。

 たとえば、バレエのチュチュを縫うのには、異なる品質のチュールが使われる。下には、バレリーナの足を傷つけないよう、より柔らかいものを使い、上には硬いものを使う。チュチュの中には、金属製の輪を入れ、スカートに弾力をつける。ちなみにこの輪は時計工場で作られる。

 技術者のマリヤさんは言う。「時間と共に、チュチュは着古されて、ぐったりとしたキノコのようになるので、着用と熱が加わったことで変形してしまった層だけを交換します。ですからそれほどお金はかかりません。バレエのチュチュはこうしてシーズンを通して使うことができるのです」。シーズンが終わると、衣装の一部は、洗濯染色工場に送られ、また美しい色を取り戻す。

 近代的な設備があるにもかかわらず、職人の中には、いくつかの作業は、帝政時代から衣装を作るのに使われていた19世紀の古いミシンを使って行う方が良いという人もいる。

  衣装の他に、工房では、靴、帽子、そしてかつら、つけ毛、ひげなども作られている。衣装や小道具は劇場内のクリーニングで良い状態に保たれる。

大道具はいかにして作られているのか

 劇場付属の工場には、もう一つ、大規模な製作が行われている。それが大道具である。その中には、舞台装置、小道具、家具の工場、そして4つの絵画ホールがあり、そこで30人以上が働いている。もっとも印象深いのは、ゴロヴィンの部屋で、広さは600平米、本館の丸屋根の下(ほぼ7階くらいの高さ)に位置している。この場所に行くには、急な螺旋階段を登っていかなければならない。

 アーティストたちはここで柔らかい道具を製作している。脇幕、緞帳、ホリゾント幕などを1864年から作っている。

 「ホールには、縦12メートル横20メートルを同時に2つ作れるだけのスペースがあります。天井の下には、描いた絵を上からチェックするための橋が作られているんです」と話すのは、布製作・絵画工場の画家で技術者、リュドミラ・メホノシナさん。

 部屋にある半円型の窓には、太陽の光で作業が邪魔されたり、絵を描いている途中で色合いに偏りが出ないようカーテンがかけられている。また部屋の照明は、出来るだけ舞台の照明に近いよう設定されている。 

 一つの脇幕を製作するのにはおよそ1ヶ月かかる。舞台に運ぶ際には、丸めて、防災カーテンの桁を通し、丸屋根の下から移動させる。

 その他、レパートリーに合わせて作られる舞台装飾は、ステージ裏にある小道具工場で保管されている。さまざまな時代の兵器が数多く置かれていることから、ここに一歩足を踏み入れると、まるで武器庫に入ったかのような感覚がする。刀、槍、斧、剣、軍旗・・・いずれも本物のように見える。重さも音も本物と変わらない。 

 大道具小道具係のイーゴリ・ラダエフさんは言う。「出演者たちが剣類で戦うとき、閃光が出ます。戦いのシーンでは、武器が壊れることもあるため、かなり強力な素材を使って作ります。歴史的な作品では、剣やレイピアは、それに合わせて、サンクトペテルブルクの特別な工房に発注することもありますが、ほとんどの場合は自分たちで作っています」。

 危険な小道具は特別な棚に、網のドアをつけて保管している。特に貴重で高価な剣は、金庫に入れるという。 人形、家具、インテリア用品など、さまざまな小道具はカーテンの裏に隠されている。

マリインスキー劇場の舞台裏 

 本館の舞台裏の空間は別世界である。古いレンガの半円形のアーチの下に大道具と小道具が保管されている。 そこにはまるで宇宙船をテーマにした古い映画の中から飛び出してきたような、レトロなモニターやボタンがついた制御板、レールを走る大道具を乗せた荷車がある。このスペースはひんやりしているが、リハーサルや本番のときにつけられる照明ランプやプロジェクターで空気はすぐに温められる。

 マリインスキー劇場の新館はより多くのスペースがある。舞台裏の空間は、その大きさから、飛行機の格納庫を思わせる。

 舞台裏でもっとも聖なる場所はオペラで主役を演じる男性ソリスト用の控室である。その雰囲気は落ち着いていて、温かみがある(女性ソリスト用の控室はどちらかといえば、慌ただしい)。

 そうこうしているうちに、小道具も最終準備に入る。東洋のお菓子を乗せた大きな銀のお皿やアラジンの絵本から飛び出してきたような青銅の水差しが出番を待っている。パフラヴァは、蜂蜜の香りがしてきそうなほど、おいしそうに見える。しかしこれも工場で「焼かれた」もので、少なくとも1シーズンが終わるまで使われることになる。

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