「ザ・クラウン」のシーズン5、第6話は、ウィンザー家の親戚たちを救うことができたロマノフ皇帝一家の銃殺シーンから始まる。時代は1918年。このシーンでは皆、かなりロシア語をうまく話す。ここでは狩猟する王が映されているが、ドラマの制作者だけでなく、歴史研究家らが、王の妻がロマノフ王朝のために救いの船を出さないことに決めたと指摘している。
ニコライ2世は、外見も似ている従兄弟のジョージ5世に説明する。そこで、エリザベス2世、ジョージ5世の孫娘、そしてその夫のフィリップ、ニコライ1世の玄孫らが、ロシアとの友好に努めていたことから、ソ連政府を「皇帝の殺人者」だと見なし、それが原因で、エリザベス2世は女王になってから一度もソ連を訪問しなかった。
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「ザ・クラウン」の新シリーズでは、ソ連邦が崩壊し、共産主義に代わってボリス・エリツィン率いる民主主義がもたらされた1990年代の前半が描かれている。他でもないソ連邦が崩壊し、独立したロシアが形成されてから、女王はモスクワとサンクトペテルブルクを初めて訪問した。あらゆる意味において、それは歴史的なものであった。エリザベス女王は、英国の王朝でロシアを初めて訪れた女王となった。訪問中、女王は、モスクワとサンクトペテルブルクのすべての観光名所を訪れたほか、英国史をテーマにした特別博物館のオープニングにも出席したが、ドラマではこのエピソードは描かれていない。
「ザ・クラウン」ではエリザベス2世は、ロマノフ家との血縁関係にインスパイアされ、正教やスラヴ民族のルーツについて深く考え込むようになっていた夫のフィリップと共通の言語を見つけたいという個人的な理由でロシアを訪問したという設定になっている。ドラマでは、女王は、先祖の埋葬のためモスクワにやってくる。フィリップ王のDNAは直接、ロマノフ王家の遺骨鑑定に使われたが、これはおそらく結果であって、女王の訪問の理由ではなかった。ウラルで見つかった遺骨の埋葬は1990年代の末に行われ、ロシアとイギリスの専門家による鑑定は2010年代まで続けられた。
「ザ・クラウン」シーズン5の時系列ははっきりとしていない。たとえば、エリザベス女王がロシアの民主主義の新リーダー、エリツィン(ベラルーシの俳優、アナトーリー・コテニョフ)と会いたいという希望を示すのは、ホワイトハウス(モスクワにある連邦政府の行政庁舎)の戦車の上にいるのを見た後すぐである。しかも、ジョン・メジャー首相は女王に、ロシアの大統領はもうとう昔に頭もおかしくなり、アルコール中毒になってしまっており、エリツィン大統領夫妻を招待し、また返礼にモスクワを訪問するのも難しいだろうと話す。実際には、エリツィンは一度もバッキンガム宮殿を訪れなかったが、メジャー首相とは会見した。アルコール問題は女王と会見した少し後に現れたのである。
「ザ・クラウン」シーズン5はもっとも私的なものであり、「ロシアのエピソード」が重要な役割を演じている。シーズン1で、チャールズ皇太子は王朝の「見直し」をしようとする唯一の皇族メンバーで、ソ連邦崩壊を伝えるラジオに興味深く耳を傾けていた。エリザベス女王の悲劇の妹マーガレットはチャイコフスキー作曲の「白鳥の湖」のメロディに乗って舞踏会に向かう。この「白鳥の湖」は、最終話で、ダイアナと次のシーズンで狡猾な役割を果たすアルファイド家との出会いでも流される。ジョン・メジャー首相は、「もっとも記憶に残る結婚のストーリーの一つが、ドストエフスキーの妻アンナの物語である。彼らは異なる考え方を持っていたが、どちらも相手の考えを変えようとはしなかった」と女王に語る。ウィンザー家がそうならなかったのは残念なことである。
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