ファベルジェやロシア皇帝の宝石職人たちが製作した宝飾リザ10選

 帝政ロシア時代、ロシア正教徒にとってイコンの無い生活は考えられなかった。上流階級の家にはキオトと呼ばれる、豪華に縁取られたイコンを収めるための専用の棚や大型家具があった。折りたたみ式の携帯用のイコンも、婚礼用の冠に付いたイコンも、さらには贈答用のイースター・エッグの中の贈り物まで、金細工や宝石で装飾された。

 イコンの装飾はビザンチン時代から続く伝統であり、聖像に対する最高の崇敬をあらわすものだった。このような装飾がロシアで始まったのは16世紀のことで、19世紀末にその技術はピークに達した。

 リザ(イコンを保護する金属製の飾り枠)の製作には金銀や宝石、七宝が使われたほか、極めて高度な鍛金技法が用いられた。宮廷付きの最高峰の宝飾職人たちが技術を競い、流行やトレンドを追って、アール・ヌーヴォーや「ロシア・スタイル」といった流れも汲んでいった。

1. イコン『全能者ハリストス』(1877 

 最も一般的なリザの素材の1つが七宝だった。様々な色の七宝で装飾されたイコンは、その豪華な外観で注文主に特に好まれた。

 イコン『全能者ハリストス』は、モスクワの商人で古儀式派のシェラプーチン家の工房で製作された。彼らはモロゾフ家やリャブシンスキー家などの有名な古儀式派の他、ロシアの古儀式派の中心的教会であるロゴジュスキー墓地のポクロフスキー大聖堂にもイコンやその他の教会の調度品を納めていた。

 このイコンには七宝の線状細工技法を用いた植物模様が施されている。金、青、白を中心に色数は控えめ。特に白は、全能者の衣服を彩る真珠と調和している。

2. イコン『カザンの聖母』(1890年)

 イコンのリザ装飾の流行スタイルを先取りした1人が、金銀細工の工房オーナーだったパーヴェル・オフチンニコフである。その作品は宮廷でも特に好まれた。アレクサンドル2世自身も、オフチンニコフに宮廷御用達の地位を与えている。

 オフチンニコフ工房のリザには植物模様と色とりどりの七宝を用いた作例が多い。後に工房は「ロシアン・スタイル」を積極的に押し出すようになり、リザにはアール・ヌーヴォーの影響も見られるようになる。

3. 折りたたみイコン『自印聖像』(1894

 オフチンニコフ作品の需要は大変なもので、工房の職人だけでは手が足らなくなる時もあった。そのため、オフチンニコフは他所の工房にも助力を仰いだ。オフチンニコフの依頼を受けてアンティプ・クジミチョフはイコンとリザを何点か製作し、この折りたたみイコンもその1つである。巧みな七宝の技と、鍛金と彫刻による金属加工の芸術性の高さが分かる。クジミチョフは西洋で高く評価され、アメリカのかの有名なティファニー社も彼と提携したほどだ。

4. 折りたたみイコン『頭上の自印聖像をいただくカザンの聖母、ミラの成聖者ニコラオス、ローマの致命者アレクサンドラ』 (1894

 カール・ファベルジェは豪華なイースター・エッグで名を馳せ、最高位の顧客からの注文で長年にわたってそうした製作を続けた。しかしその他にも、ファベルジェの工房は皇帝やその家族用に様々な品を製造していた。カップや花瓶から灰皿まで、そして高価なリザも作った。

 この折りたたみイコンは高さ30cm。ファベルジェ工房の職人たちがニコライ2世とアレクサンドラ・フョードロヴナの結婚式のために製作したものだ。内部には赤子を抱いた聖母が描かれ、その頭上に自印聖像、扉の内側には皇帝一家の守護聖人であるミラの成聖者ニコラオスとローマの致命者アレクサンドラが配置されている。扉の外側には、受胎告知と伝道者が描かれている。

5. イコン『ミラの成聖者ニコラオス』(1894

 ニコライ2世の戴冠式の年、モスクワのロゴシュスキー共同体は新帝に、ニコライ2世の名の日の守護聖人であるミラの成聖者ニコラオスの像を贈った。ロシアで最も崇敬される聖人の1人である。

 このイコンには、古い作品の影響が見て取れる。16世紀、イワン雷帝の息子イワン皇子の身の丈に合わせたイコンのリザである。古の作品と「ロシア・スタイル」の採用は、古儀式派の職人に特徴的である。

6. イコン『ミラの成聖者ニコラオス』(18991908

 モスクワのガルキン兄弟工房は、鍛金と金属彫刻で有名だった。製作したイコンや教会調度品は家庭用に販売することが多く、リザは個人の注文に応じて製作した。

 このイコンの地にはブドウの蔓模様の鍛金が見える。隅に重ねた装飾部分は七宝製。構図の中心は聖人を囲む花輪で、メインの装飾となっている。背景の細かい波模様は特殊な機械加工によるものである。このような技術は19世紀末に流行し、時にはハンドメイドよりも高く評価されることもあった。

7. イコン『生神女進堂祭』(18991908

 ロシアに帰化したドイツ人フョードル(フリードリヒ)・リューケルトは、小さな宝石工房を開いていた。製造していたのは主に装飾品で、ロシアの民俗的モチーフを多用した。一方で小さめのイコンの装飾にも取り組んでおり、ファベルジェなどの大企業とも組んで注文を受けもした。

 このイコンのリザは、全体が七宝で覆われている珍しい作例で、絵画部分までもがほぼ全て七宝製だ。金属の線状細工は人物の輪郭や聖人の衣服のひだばかりか、背景や細かな装飾部分に至るまで見事に表現している。

8. イコン『三位と枠外の聖アンチパスと聖大マカリイ』(18991908

 田舎の銀細工師ドミトリー・スミルノフは、全ロシア教会調度品博覧会でメダルを受賞した。その才能は広く知れ渡り、彼はモスクワに工房を開くまでになった。激しい競合の中、スミルノフはアール・ヌーヴォー調の繊細なリザを製作した。このイコンは広い両サイドの枠外に植物の渦巻き模様をあしらい、真ん中部分は鍛金で描画され、宝石が多数配置されている。

9. 折りたたみイコン『ポチャエフの聖母、ポチャエフのヨブ、聖大フェオドル・オストログスキ公』(1899

 特徴的なこの折りたたみイコンは高さ50cm。キエフ・ガリツィヤ府主教イオアンニキイが教会奉仕50周年記念にヴォルィーニ教区から贈られたものである。聖母と聖人の図像は七宝、鍛金、金属彫刻で表現されている。しかし特に目を引くのは、ロシアン・スタイルの木製フレームだろう。製作したのはドミトリー・スミルノフの工房だが、イーゴリ・ファラブロフの工房の刻印もある。

10. イコン『大天使ミカエル』(19081917

 宮廷御用達のオレスト・クルリュコフは自らの工房を開いて、銀細工業のトップに躍り出た。様々な技法を盛り込んだ極めて難易度の高いリザを製作する一方、この作品のようなシンプルな作例もある。イコン『大天使ミカエル』では過度な装飾を排しつつ、リザの高度な芸術性を実現している。大天使の翼は羽根が鍛金で打ち出され、金色のチュニックの上から輪っかを繋げた鎖かたびらが表現されている。マントは、赤色の箔の上に真珠を配してある。

 展覧会『神聖の美しさ、および美しさの神聖。ロシアのイコンと宝飾リザ、カリサロフ家コレクションとファベルジェ美術館の所蔵品より』は、サンクトペテルブルクのファベルジェ美術館で2023年末まで開催

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