ロシアの方言の不思議:どこでどんな言葉を話しているか

ナタリヤ・ノソワ

ナタリヤ・ノソワ

 驚くべきことに、9000kmも隔たっているモスクワとウラジオストクでは、人々が話す言葉にそれほどの差はない。ところが、モスクワとリャザンは、200kmしか離れていないのに、それよりもずっとはっきりした違いがある。

1. 現代のロシア語は古東スラヴ語の一方言にすぎない

 ルーシは現代ロシアの源流となった中世国家(西ローマ帝国滅亡以降を中世とする一般的区分にしたがう)。そこに住んでいた人たちは、だいたい読み書きができなかった。だから、辞書で言葉の使い方を確認することもできなかったし、一定の規則に従うこともできなかった。

 そのため、14世紀までは、ロシア語(古東スラヴ語)は、口語として発達してきた。つまり、自然発生的で、文章語の規範に則っておらず、自然な言語の法則にのみ従っていたわけだ。

 14世紀ころには、ロシアでは、諸侯が各地に割拠し、いくつかの公国に分かれていた。そしてその一部がモンゴル帝国の支配下に入ったが、ロシア語(古東スラヴ語)は発達を続けた。この地域では、口語は様々に異なる形で発達し、次第に3つの方言に分かれていった。ウクライナ語、ベラルーシ語、そしてロシア語だ。結局、その各々が別の言語となり、現在では、東スラヴ語群を形成している。

2. ロシア語の主な方言は3つ

 ロシアはこれほど大きい国であるにもかかわらず、言語学者の区分によると、ロシア語の方言は、北部、南部、中央ロシアの3グループのみ。その際、北部と南部の特徴はお互いに影響し合っている。

 ロシア国立人文大学・言語学研究所のイーゴリ・イサーエフ所長によると、ロシア東部の古い方言が話される境界線は、おおよそ暫定的にヨーロッパ・ロシア中央部に引くことができる。すなわち、ヴャトカ、ニジニ・ノヴゴロド、サラトフを結ぶ線だ。

 この境目より東方、つまりウラル、シベリア、極東における方言はすべて、昔そこに住み着いたスラヴ人の言葉に基づいて形成された。これは、中央ロシアからの移民の言語で、時が経ってもあまり変化しなかった。

 だから、極東のウラジオストクでは、モスクワに比べて話し言葉に大きな違いを感じることはまずない。それよりは、例えば、北部のアルハンゲリスクと南部のクラスノダールのほうが、はるかに差が大きい。

3. 文章語は政治的中心地をめぐり形成

 ロシアのすべての主要都市では、主にいわゆる文章語で話す。19世紀末まで残っていたアルカイックな方言は徐々に消えつつあるが、にもかかわらず、すべてのロシア人が同じように話すとは言えない。

 とくに農村や小さな町では、あるいは高齢者の間では、素朴な俗語をひょっこり口に出す場合が必ずあるだろう。しかしこれらの差異は、イタリアの各地域ほどではないし、いわんや中国よりははるかに小さい。ごく少数の語彙、用法を除けば、すべてのロシア人が、お互いの話を理解し合える。

 その文章語の基となったのは、中央ロシアの方言だ。つまり、モスクワで話されていた言葉である。それというのも、モスクワが中世ロシアの中心都市にのしあがり、やがて首都になったからだ。

 「13世紀末までそうであったように、ウラジーミルとスーズダリに権力が集中したままであったならば、そこでは北部方言を話していたから、現代の我々もそのような話し方をしていただろう」。イサーエフ氏はこう述べる。

4. 文章語と北部および南部の方言との違いは

 「北部のペトロザヴォーツクから南部のソチに向かう列車に乗り、北から南へロシアを縦断すると、いろいろな方言が聞こえてくる。ある者は、ストレスのないoを文字通りoと発音し、ある者は、ストレスのないoをaと発音し、またある者は「ch」を「ts」と発音し、さらにg(г)をkh(х)と発音する者もいる」。レフ・トルストイ記念トゥーラ国立大学のネリ・クラソフスカヤ教授は指摘する。

 このように、言語のあらゆるレベルで違いが見られる。発音、形態(格と数に応じた格変化と語形変化)、語彙(およびその用法)など。

  • g(г)をkh(х)と発音する

 南部方言(リャザン、クルスク、ヴォロネジ、ベルゴロドなどで話されている)のいちばん目立つ特徴の一つがこれ。「g(г)」を「kh(х)」と発音する。言語学的には「摩擦音のg(г)」と言う。

 これはつまり、ギリシャ語のガンマ(γ)に当たる有声子音が、「無声子音化」して発音され、「khe(хэ)」のようになる。

 この「g(г)」の無声子音化は、とくに単語の語尾の母音の前で起こる。例えば、「雪 snega «снега»」が「snekha «снеха»」のように発音される。

 南に行けば行くほど、「g(г)」はくぐもった喉頭音となり、単語の最初にも現れるようになる。例えば、クラスノダールでは、「都市 gorod «город»」が「 khorod «хород»」のようになる。さらに南のウクライナでは、この現象はスタンダードとなる。

  • ストレスのない「o」を「o」と、あるいは「a」と発音する

 中央ロシアに住む人はたいてい、ストレスのない「o」は「a」と発音するが(だから、モスクワは「モスクヴァー」ではなく「マスクヴァー」と発音される)、北部の人ははっきり「o」と発音するので、それで出身地が分かる。

 ちなみに、ストレスのない「o」を「a」と発音する癖のせいで、ロシア人は英語の発音が苦手だ。例えば、「オバマ」という名字は「アバマ」という発音になってしまう。

  • f(ф)の音がkh(х)に置き換えられる。

 これは、ロシア北部と南部の方言の特徴だ。そのせいで、作家レフ・トルストイの領地「ヤースナヤ・ポリャーナ」(トゥーラ市近郊)の農民は、自分たちの主人を「伯爵さま」と呼ぶときに、「graf (граф)」のかわりに 「grakh(грах)」と発音していた。

  • いくつかの子音の軟音化

 ロシア北部では、「ch(ч)」を軟音の「ts(ц)」のように発音する。そのため、「ペチカ」が「ペツィカ」に、「ヴヌチョーク(孫)」が「ヴヌツォーク」のようになる。

 南部ではそういうことはない。ただ、そのかわり、動詞の三人称の形の語尾は、「t(т)」が軟化するので、しばしば原型(不定詞)と形が一致することになる。例えば、「彼は歩く «он ходит»」が«он ходить»となる。

 

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