言語学者と歴史家は、モスクワ(ロシア語では「Москва」〈モスクヴァ〉)がその領域を流れる川にちなんで名付けられたことでは、意見が一致している。しかし、モスクワという言葉そのものの由来は何だろうか?また、それは何を意味するのか?この件については、数多くの説が唱えられ議論されてきたが、真相は突き止められていない。
紀元千年紀の初め、フィン・ウゴル系民族がモスクワの領域に住んでいた。このため、一部の専門家は、モスクワという名称は、フィン・ウゴル語派に由来すると推測している。
この語派では、「Москва」(モスクヴァ)の 「ヴァ」“-ва” は、通常「水」「川」「湿った」などを意味する。一方、「モスク」 “моск-” は、コミ人の “моск” と同じく、「牝牛」を指す。
となると、ロシアの首都の名前は、「牛の川」、あるいは比喩的に「養う川」を意味することになる。この説は、大歴史家ワシリー・クリュチェフスキーが支持したおかげで流布した。しかしその後、コミ人はモスクワ川付近に住んでいなかったことが判明し、この説は成り立たないことになった。
また、フィン・ウゴル語派の一つ、メリャ語では、「マスカ」“маска” は「熊」を意味し、「アヴァ」“ава”は「妻」または「母」を意味する。音が似ているので、モスクワ川という名前は「クマの川」または「クマ川」を意味するという説が浮上した。
メリャ語はメリャ族が話していた言葉だ。そして、ロシア最古の年代記『原初年代記(過ぎし年月の物語)』によると、この部族は実際に、9世紀にモスクワ周辺の東部に住んでいたという。
しかし、この地域には名前が「ヴァ」 “-ва” で終わる川が他になかったため、研究者たちはこの説を放棄した。
フィン・ウゴル語派に起源を求める3つ目の説によると、「モスクワ」は「汚い水」と訳せるという。しかし、この説によると、「モスク」 “моск-” は、フィン・ウゴル語派に由来し、 “musta”は「黒い」「暗い」を意味するが、「ヴァ」“-ва” は、コミ語から来ている。つまり、一つの言葉の二つの部分が、別々の言語に由来することになり、これは疑わしい。
このようなわけで、専門家たちは、モスクワの語源について、いずれのフィン・ウゴル語派起源説も支持していない。
スキタイ語起源説を信じるなら、ロシアの首都の名前は、“ama”という言葉に由来する。これは「強い川」を意味する。しかし、山岳の急流に慣れ親しんだスキタイ人が、静かで穏やかな流れのモスクワ川をそのように呼ぶとは考えにくい。しかし、この説に対する主な反論は、スキタイ人がロシアの中央部近くには住んでいなかったことだ。
一方、イベロ・コーカサス語族起源説は、ハイブリッド・バージョンだ。それによると、言葉の一部はコーカサス語族に、他の部分はフィン・ウゴル語派に由来する。
この説の支持者によれば、「ヴァ」“-ва” はフィン・ウゴル語派起源であり、「水」の意味をもっている。「モスク」 “моск-” は、コーカサスの部族「モスヒ」の名から来ているという。
ただ問題なのは、この説が、2 つの単語の表面的な類似にのみ基づいていることだ。この仮説を裏付ける歴史的事実は見つかっていない。
ロシアの首都の名前がスラヴ語由来だという説はたくさんある。しかし、それらの大半は、「モスクヴァ」ではなく、その古い形「モスクィ」“Москы” を分析すべきだとしている。
古代ロシア語では、「モスク」 “моск-” という語根は、「液体、沼地、湿気、水分」を意味していた。つまり、「モスクヴァ」という名前は、「ぬかるんだ沼地、湿地帯」を意味することになる。そのさらなる証拠は、モスクワ川が沼地から流れ出していることで、それは後に「モスクワ川の水たまり」と呼ばれるようになった。
しかし、この仮説は次の事実を考慮していない。スラヴ人の前に、フィン・ウゴル語派とバルト語派の言語を話す部族が、モスクワの領域に住んでいたことだ。さらに、この地域の主要な河川に、スラヴ人がやって来る前に名前がなかった、あるいは、スラヴ人がつけた名前だけが現在に伝わったとは考えにくい。
バルト人がモスクワ川に命名したという説は、言語学者ウラジーミル・トポロフが提唱した。彼は、バルト三国には「ヴァ」“-ва” で終わる川が多数あることに気づいた。また、バルト語派には、「モスク」 “моск-” という要素を含み、しかもロシア語と意味が似ている一群の単語があることも発見した。
もう1つの重要な事実は、名前が「ヴァ」“-ва” で終わる川は、モスクワ川の西にあり、東にはほとんどないことだ。つまり、川の名前はおそらく、後にモスクワの西に移動した部族の言語に由来している。
トポロフの説では、首都の名前の意味には、2通りの可能性がある。1つは、スラヴ起源説を踏襲している。2つ目は、「曲がりくねった川」だ。バルト三国の言語では、「モスク」 “моск-” という音は、「結び目」を意味することがある。モスクワ川は、市域内だけで 11の大きなループを形成している。
モスクワの語源については、信じ難いファンタスティックな“説”もある。たとえば、17世紀には、年代記の誤りのせいで、モスクワの建設に『聖書』の登場人物が関わったという神話が生まれた。ノアの孫であるメシェク(モソフ)(父はヤペテ)は、部族とともにバビロンから徒歩でモスクワ川に至り、彼の名にちなんでモスクワ川と名付けられたという。「モスクワの民の名の基となり、祖となった」
かくして、ノアの孫は、ロシアの首都に名前を与えただけでなく、スラヴ人の祖となったというわけだが、もちろん、あくまでもこのファンタスティックなお話によれば、ということだ。
首都の名の語源に関するこれらすべての説は、推測にすぎない。研究者らは依然として、モスクワの語源を突き止めることはできていない。
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