サンクトペテルブルクの怪奇伝説5選

Kira Lisitskaya (Photo: Michael Hoffmann (CC BY-SA 3.0); Public domain)
 超常現象がお好き?結構、ではサンクトペテルブルクに行きましょう。市内の各地区に何かしら、刺激的な伝説が眠っている。

 長い歴史を誇る街は、都市のフォークロアが生まれるには最適の舞台だ。

オブヴォドノイ運河の呪い

オブヴォドノイ運河

 言い伝えによれば、運河はその建設当初から怪奇に見舞われたらしい。労働者たちは、この場所が不気味だと言って作業を拒んだ。それでも苦労の末、運河は1833年に開通。最初の事件が起きたのは1913年、運河で男性のバラバラ死体が発見されたのである。やがて、殺したのはこの男の妻と判明した。

 10年後の1923年、運河の近くで古代文字が刻まれたプレートが発見され、その下から遺骨も出てきたという。この奇怪な発見の後、運河は自殺の名所と化してしまった。運良く生き延びた者は、運河に飛び込むよう、奇妙な「声」に促されたと証言し、一部の者は突き落とされたと語った。犠牲者の数は100を超えると言われる。

皇帝たちの亡霊 

ミハイロフスキー城

 1801年3月、皇帝パーヴェル1世は側近たちの手で暗殺された。現場となったミハイロフスキー城では、現在でもパーヴェル1世の亡霊が出ると噂されている。ロウソクを手にした皇帝のシルエットが、城の2階部分の窓に浮かぶらしい。管理スタッフの中には、その眼で皇帝を見たと主張する者もいた。

パーヴェル1世の暗殺

 面白いことにパーヴェル1世自身も生前、曽祖父であるピョートル1世の霊を見たと話していたと伝わる。パーヴェルがヘンリエッタ・ルイーズ・フォン・オーベルキルヒ伯爵夫人宅の夕食の席でした話によると、サンクトペテルブルクの街を散策中、彼は見知らぬ男から、最期の時が近いと警告された。パーヴェルは別れる時になってようやく、その男が亡き皇帝であると気づいたという。亡き皇帝の姿が消えたとパーヴェルが語った場所に、後にエカチェリーナ女帝が「青銅の騎士」と呼ばれるピョートル1世像を置くよう命じたとされる。最もパーヴェルは後に、ただの冗談であったと話した。

ピョートル1世像(青銅の騎士)

 青銅の騎士像については、もう一つの伝説がある。曰く、像は夜な夜な動き出して、馬上のピョートル1世がサンクトペテルブルクを駆けまわるという。この話はプーシキンの時代には既に知られていたようで、彼の叙事詩『青銅の騎士』では主人公のエヴゲーニーが騎士像に追われる。 

ゴロホヴァヤ通りのロトンダ 

ゴロホヴァヤ通り57A

 ゴロホヴァヤ通り57Aにある建物は、建築としてはそれほど目立たないが、そのミステリアスさで名高い場所だ。サンクトペテルブルクの地図を六角形に収めると、対角線の交わる地点に存在するのがこの建物で、それ故にこの建物は魔性であるとのことだ。

 建物内には、2つの階段と6本の柱に囲まれたロトンダ(円形広間)がある。階段のうち、1つは3階に通じ、もう1つの階段は、部屋の無い場所に通じる。この奇妙な階段からは、別次元に存在する7本目の柱が見える、という伝説がある。

 また別の伝説によると、建物の地下には「異世界」への入口が隠されている。ある時、若者が勇気を出してそこへ入って行ったが、15分後に老人の姿になって戻って来たという。また、夜中の12時にここを訪れるのも禁忌とされる。どちらかの階段を使って人間界にやってくるサタンに遭遇する危険があるからだ。

 さらに別の伝説によると、ロトンダで祈願すると願い事が叶うという。TripAdvisorのとあるユーザーは、こんなことを書いている。

 「この場所の音響は不思議で、辛うじて聞こえるほどのささやき声で会話しても、それがどの階であれ、別の階では一言一句までハッキリ聞こえる。私がそこで願った願い事は、6か月後にサンクトペテルブルクを再訪した時に成就した…」

ドラキュラの鏡 

ブルスニーツィン家の邸宅

 19世紀、商人ブルスニーツィンがワシリエフスキー島に邸宅を築き、調度品を揃えるにあたり、ダンスホール用にイタリアから豪華な鏡を取り寄せた。伝説によると、その鏡はかつてドラキュラの墓所にかけられていたという。

 しばらくしてブルスニーツィン家では、ある法則に気付いた。鏡で自分の姿を眺めた者は皆、何かしら不運に見舞われるのである。体調が悪くなるのは幸運な方で、重大な事故に遭うケースもあった。最後の犠牲者になって命を落としたのはブルスニーツィンの孫娘で、その後、鏡は取り払われた。鏡の行方は不明である。

ソフィヤ・ペロフスカヤの亡霊 

ソフィヤ・ペロフスカヤ

 革命家ソフィヤ・ペロフスカヤはテロ組織「人民の意志」の構成員だった。この組織が1881年、皇帝アレクサンドル2世の暗殺事件を起こした。皇帝が馬車でいつも通りのルートを通った際、テロリストのニコライ・ルィサコフが馬車の下をめがけて爆弾を投げたが、外した。無傷の皇帝が馬車を降りて負傷者に歩み寄った時、もう1人のテロリスト、イグナーチー・グリニェヴィツキーが皇帝の足元に爆弾を投げつけた。皇帝は負傷し、同日中に死去。実行犯は全員が絞首刑を言い渡された。

アレクサンドル2世の暗殺

 この暗殺計画におけるソフィヤ・ペロフスカヤの役割は、白いハンカチを振って合図を送ることだった。風聞によれば、ペロフスカヤの亡霊は3月1日に、血の上の救世主教会近くの橋の上に現れるとのことである。もし不運にも、亡霊が白いハンカチを振るのを目にした場合、運河に落ちて死ぬという。

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